■2003年5月1日(木)〜5月15日(木)■

5月15日(木) 飲んだくれ女性ライター、おそるべし  文責:サイトウ
 酒つまスタッフ3名はそれぞれ一日の仕事を終え、9時頃中野のバーに集合することになっていた。その日は、銀座のバーで発掘したライターY女史との打ち合わせの予定である。俺は編集W君と駅北口で落ち合いすでに始まっているはずの現場に突入して行った。落ち合うといきなりW君が言うのであった。Sさん!飲んでますね?ウ〜〜、わかるか?実は撮影が5時頃終わり、編集SさんとライターSさんと3人で池袋西口そばにある「ふくろ」と言うカウンター居酒屋で、ホッピーを飲んだのである。そと2、なか4である。2人もほぼ同量だと思う。「ふくろ」のホッピーは、なかみがガラスの1合瓶にすでに詰めてあり、自分で焼酎の加減もできるのである。なかなかいい!イワシのてんぷら、ちくわ揚げ、マカロニサラダに焼き鳥3本、それに板わさである。非常にいい!勘定もこれまたただしい!3人で4800円!一人、1600円!もちろん内税!いや〜おつかれさま!と「ふくろ」の、のれんを出たのであった。手短かにそのへんをW君に説明しながらバー2階の現場に合流した。先人達は、ハイボールであった。テーブルを見ると角瓶が2本、オールドが1本、ソーダが4、5本。角はほとんど空である。ここだけの話だが、このライターY女史。すご〜〜く御飲みになるのである。そして、飲むだに話がとてつもなく面白いのである。初回、われらとの打ち合わせの時の酒の量には、どぎもをぬかれた感じだった。今夜もハイボール、ハイボールと相変わらずいいペースでY女史は快調である。海外取材でどれだけ飲み、食べ、の話で、一同は圧倒され、取材経費で落ちなかった金額を聞き、俺はも〜倒れそ〜になりで、いやはやその晩も大酒量になってしまった。時間も時間なので、中野で俺は失礼!と、別れた。翌日、W君曰く、あれから高円寺で2時半までですよ!ウ〜〜ン、おそるべしである。

5月14日(水) 自業自得のレモンハイ            文責:ナベ
 そんなに大忙しといった感じではないものの、何かしら仕事をしていたら、いつのまにか夜9時。カメラS氏とともに編集部を後にした。で、腹が減ったからメシでも食べて行くかということになり、とはいえ、二人とも連夜のホッピー痛飲で弱っているうえ、S氏は長野日帰り出張による疲れもあったため、「酒は軽くね軽く」「そうっすよね。軽く軽く」なんてやりとりを経て、駅前の安い中華屋に入った。そう、あくまでもメシが主体……のはずだったのだが、気がつけば、餃子やザーサイ、もやし炒めなどをつまみに、二人でレモンハイを飲みまくり。「軽く軽く」などと30分前に言い合ってた口は、大量のレモンハイの注入口と化してしまった。実は、この店のレモンハイは旨い。ただ酸っぱいだけではなく、妙に甘みというか柔らかみなどあったりして旨いからグイグイ飲めてしまう。だから、旨いレモンハイを飲むためにこの店に来ることもある。……と、ここまで書いてきて思うのだが、ハナからメシを食べるためではなくレモンハイを飲むために店に入ったとも言えなくもない。というよりも、そうに違いない。結局は、メシと言いながらも、ついつい酒を好きに飲める場所へと足が向いてしまう。困ったものです。だからまあ、本日もへべのれけ状態となったのは自業自得というワケであります。

5月13日(火) なんで毎日ホッピーなのよ加賀屋なのよ! 文責:タケ
 三省堂の神田本店、雑誌売り場の御担当者と初めてお目にかかる。創刊号を20冊、第2号を30冊持って行った。このお店ではこれまで文芸の棚に何冊かを置いていただいていたのだが、御担当者によれば、今後は入り口に一番近い新刊雑誌が山積みになっている場所に平積みで展開してくださるとのこと。とてもとても熱を入れてくださっているのです。嬉しい。非常に嬉しい。この調子で販売してくださるお店を増やせればと思うのだが、直接お会いできる機会も限られていて、全国津々浦々にご紹介して歩くにはどうすれば良いのか名案は浮かばない。ミニバンに「酒とつまみ」を積み込んで2週間くらい車で売り歩くというプランも現在検討中。酒つまキャラバンですよ。いいですねえ、なんか楽しそう。
 さてさて諸々仕事をしているうちに夕方となり夜となり、東京駅八重洲口地下街へと移動。地下街の飲み屋事情を探索する目的だったが、ウロウロしてみるとこれが意外におもしろい。Wクン、Sさんも一緒に歩くのだが、いろいろなタイプの店があって、しかも、反対の丸の内側に比べて価格も非常に良心的であることがわかった。さすがは八重洲口なのである。しばらく歩き回ってそろそろ腹も減ったよという頃合、見て歩いたどこかの店に入ったかというと、いやはや、向かったのは地上のお店、加賀屋東京駅前店なのだった。ここは創刊号から続けているホッピーマラソンの出発点。かれこれ1年近く前に企画したあのムボーな企画の、輝かしい出発点。店へ入ると店長さんの元気の良い声が響いてくる。100人は入ろうかという店はほぼ満員、カウンターの隅しかないかと思っていると店長さん、いちばん隅のテーブルを指差して「3人さん、ロイヤルボックスへどうぞ!」と来た。明るい、文句なしに明るい。ご挨拶するとちゃんと覚えていてくださって、「あ、あれね、まだやってんの、へえ高尾までいくの、それで高尾の駅やるんだな、ホッピーでハッピー!」だって。嬉しいです。お通しはマテ貝。冷奴にガツ、小アジの唐揚げ、ネギトロ、キンキの煮付けなんぞバンバン頼んでカンパーイ。ビールからホッピーへ切り替えてしばらくすると、ちょうど良い頃合に、中身はどう? 外はどう? と合いの手が入る。あ、そうね、じゃ中身、なんてやってるうちに、そう、やっぱりラストオーダーになっちまった。Sさん、けっこう回ってる感じで、じゃ最後にもう1杯なんて、これは得意技なんだけれども、まだ飲みかけのジョッキが残っているのに新規を人数分注文する。乗ってるときには1人に2杯ずつ注文することもある。そんなこんなで、昨晩にひきつづいて連続ホッピー、マラソンは関係ないところでまで連続ホッピー、気がつけば、そうか、昨日も加賀屋だったねってことになったのだった。なんで毎日加賀屋、毎日ホッピーなのだろう?

5月12日(月) 愛すべき加賀屋のサービス精神       文責:ナベ
 このところ毎週木曜日に書いていたので、このままずっと木曜日専属で書いていけば、“ミスター・サースデー”なんてニックネームをもらえるかもしれないが、プロ野球のピッチャーでも何でもないし、そう呼ばれるのも恥ずかしいから今回は月曜日に書く。
 今日は夕方に編集部を訪れてくれたイラストレーターの卵である25歳女性Mさんと飲む。他の面子は編集長O氏、デザインI氏、カメラS氏。場所は浅草橋の加賀屋。加賀屋といえばホッピーってことで全員ホッピーを頼むと思いきや、最初からホッピーで通したのはSさんと僕だけ。ちょっと寂しい。飲んで明るく話すMさんを交えつつ、話題は目まぐるしく変化し続けたが、特に印象に残っているのは、Mさんの「井の頭公園の池にいる鴨を食べたい」という発言。「いくら鴨が好きだからって、公園の鴨を捕まえてどうするのだ」 そんなツッコミなどお構いなしで涎を垂らすMさんに、「井の頭公園の鴨はだね、雨が降ったときの行動が面白いんだよ。水面の20センチくらい上に平行に張られた縄があるんだけど、その下にみんな一列に集まるのさ。これはきっと、鴨なりの雨宿りなんだな」などとテキトーな豆知識をエサにしてお茶を濁す。その後、「下町の森下にいい桜鍋屋があるんだよ」という話になると、「私、馬の肉も好きなんです!」と目を輝かせるMさん。う〜む、彼女は肉なら何でもいいのかもしれない。それにしても、加賀屋のホッピーは焼酎の量がすさまじく多い。そのサービス精神はさすが愛すべき加賀屋といったところだが、ホッピーを飲んでるというより焼酎がちょっと薄くなったヤツを飲んでいるようだ。家に着いたときは、まさしくへべのれけ。しかし、すぐさま冷蔵庫を開けビール1杯、それが空いたらブラックニッカを痛飲。ああ、懲りないねえ、マッタク。

5月11日(日) 国立、大阪、浅草橋、峩峩温泉       文責:タケ
 宮城県は蔵王の峩峩温泉泊。のんびり休養かいって? 仕事なのだ。6日の打ち合わせ飲み会でスタートした先週は、翌日には国立でホッピーマラソンを敢行、お陰さまをもちましてお店は見つかりました。これもまた、謎の男にっしぃの働きによるもの。ありがとう、にっしぃ。この日の伴走は本誌連載陣のひとり瀬尾幸子さん。次のつまみページを何にするか打ち合せを兼ねたマラソンとなった。国立には良い居酒屋がいくつもあって、最初にご案内したお店には瀬尾さんもご機嫌、夕方明るいうちからレバ刺し、冷奴、ハツにタンなんぞで大瓶ビールをいきなり4本。その後がホッピーマラソンで、さらに吉祥寺の居酒屋でもまたまた飲んで酔った次第。
 つづく8日は大阪。これも仕事なれど、酒を飲むという仕事、じゃなくて、バーのマスターにいろいろお話を伺うという仕事だった。昼前の新幹線で大阪入り。時間に余裕があったので我らが酒とつまみを置いて下さっているジュンク堂書店の本店と、ブックファーストの梅田店を視察。担当の方とはお会いできなかったが、実にどうも嬉しかった。ブックファーストの梅田店では、創刊号を置いてもらったときと同じく、店のもっとも目立つところにお手製のPOPまで添えて積極的に売り込んでいただいていました。ジュンク堂はどうか。ここもすごい。大きな大きな、実に由緒正しい感じの立派な書店なのだが、その雑誌の棚の、しかも文芸の棚のど真ん中、『東京人』と『本の雑誌』の間に、表紙を前に向けた形で(面陳というらしい)ばっちり販売してくださっていたのだ。嬉しい。当然のことながら取材後の酒も非常にうまく、帰りの新幹線の中のビールもことさらうまく、あまりにうまいので、東京駅から歩いて銀座のル・ヴェールというバーへ。ここのマスターは酒とつまみに「バーテンダー酒を語る」を連載してくださっている佐藤謙一さん。ここでまた飲んで、いつかヘロヘロになったのであった。
 そして9日は、某編集者さんが夕方に訪ねて来てきてくださったので、そのまま食事といいながら11時頃まで飲み、翌10日土曜日はまたまた二日酔といういつもの週末になってしまった。いつもの土曜日、自宅でビール、あとは寝るだけ。
 さてさて、本日は、早朝に家を出て峩峩温泉へとやってきた。ここは胃腸、肝臓などに効能ありとされる名湯。さっそく飲む。湯を胃にかける。内と外から攻める形。ここのところ続いていた胃腸のゼッ不調状態を、はたしてここの湯が改善してくれるのか。取材の合間に気になるのはそのことばかり。夕食の撮影が終わっていざ食事にかかる。このところ食事のたびに本調子でない体調に苛立ちを隠せなかっただけに、恐る恐るという具合に変わりはない。が、しかし、スムーズなのである。ビールもうまいし、食事もずんずん腹に収まっていく。料理が非常にうまい、ということもあるのだけれど、この温泉の湯の力もたしかにありそうだ。明日の朝、ぶりぶりの食欲を回復していたら、ここの湯を買って帰りたいと思いつつ、いつになく早い時刻に、睡魔に襲われた。

5月6日(火) 高田馬場・焼酎NIGHT          文責:タケ
 小誌強力連載陣の松崎菊也さんと二木啓孝さんに高田馬場までご足労いただき、次号のエッセイの打ち合わせ。編集部からは編集WクンとカメラのSさんも参加、計5人で賑やかに飲む。7時集合。二木さんは某大学での講義後に途中参加する予定で、ひょっとすると女子学生などお連れになるという話もあったので今どき風の小洒落た店を選んだのだったが、結局のところは一人でお出ましになった。それで今どき風の小洒落た半個室の空間にオヤジ(Wクン以外)ばかりが集まって熱く焼酎を飲みつづけることと相成った。小生、ちょっとばかり体調を気にしつつ生ビールなぞ飲んでおったが、松崎さん二木さんのいつもながらのおもしろ話を聞くうち体調への配慮を完璧に忘れ、いつしか焼酎の水割り、ロックへと移行。勘定をすませてなお席を立たない我ら5人、そろそろ水でも撒かれるかと懸念された午後11時半、ようやく店を出た。さてさて電車の時間もそろそろ気にかかる頃であったが、二木さん、あと1軒だけ行こう、15分だけ行こう、と言う。そこで山手線ガード脇の小道を下ることしばし、ホッピーの赤提灯を発見した次第。カウンターに並んで全員で黒ホッピー、なぜかプロレス話に終始して12時ちょうど解散となった。トータルで5時間飲みっぱなしだった計算になるが、原稿の打ち合わせについては松崎さん二木さん両名を合計してもおそらく5分程度。こういう飲み会がワタシはナニより好きだ。いつもお付き合いいただける両大兄に深く感謝する次第。ありがとうございました。

5月5日(月) 単なる飲み過ぎ、情けなし          文責:タケ
 3日、4日、5日と、だらだら過ごす。本を読み、散歩をし、風呂に入って少しビールを飲むだけの日々。医者はああ言ったけれど本当に胃潰瘍やらなんやらの病気であれば吐かぬまでも下から兆候が現れるはずと半ば恐れ慄きながらの排便を続けたのであるが、やはり問題はなかった。食欲も万全。医者の言う通り、単なる飲み過ぎだった。情けない。さてさて連休も終わりましたよ。また明日から飲む、いや、お仕事です!

5月2日(金) 今日のは長いぞお〜!             文責:タケ
 昨夜のこと。銀座のとてもとても良心的な低価格を実践するバーでハイボールをがぶ飲みしている最中に、というより2軒目の店に入ってまもなく、前夜からの飲みっぱなしのせいか、トイレでちょっとばかり吐いた。そこで力んだのがいけなかったか。帰宅後に顔なんぞ洗っているとまた気分が悪くなったのであるが、パッと戻してしまえば翌朝が楽、なんてつもりで再び力むと、洗面台に血が飛び出した。あ、また、やってしまった! 実は4月の初旬にも同じことがあって、そのときは初めての経験だったから大慌てて大学病院の救急外来窓口へ駆け込み、診察表に吐血と記入したら内科医が飛んで来た。しかし診察の結果はなんのことはない、力んだ拍子に喉の毛細血管が切れて血が出たとのこと。医者は検査もしてくれず薬もくれず、ただあまり飲むなよとだけ言って診察を終えたのだった。後日この話をあるバーのマスターにしたところ「まあ、喉の鼻血だな」と笑われた。そんなことがあったから、きれいな鮮血であれば喉の鼻血くらいに考えて、さて寝ようかなと思っていると、まだ少し気持ち悪い。それで今度はトイレへ入りもうひと力み。そうしたら、ああ! とうとう茶色いのが出てしまった。これはいかん、これこそ吐血ではないのか……。とはいえ、認めたくない。何かの見間違いだなどと思いつつ、相当に酔っ払っていたためもあってそのまま寝てしまった。
 5時間後。ここからが本日の出来事であるが、目覚めればやっぱり恐い。昨日の、最後のは、やっぱ茶色かった。これはいかん。メシも食いたくない。きっと病気だと寝床の中で悶々とすることしばし。ガバと起き上がった小生はシャワーを浴び、下着を替え、ヒゲを剃って身支度を整えた。病院へ行くのだ。きっと入院だ。むさくるしいかっこうでかわらいしい看護婦さんに嫌われたくない。下着も新しいものを身につけて行こう。哀しい。左手の痺れのことも打ち明ければ検査、検査でしばらくは出てこられない。しかし、仕方がない。小生は編集Wクンの携帯に、「病院へ行きます。あとのことは頼みます」とメッセージを残し、病院へ出かけた。待つこと2時間。診察2分。医師は4月に駆け込んだときと同じ人物で、吐いた血についての診断は同じだった。胃潰瘍ではないから薬も要らない。飲むなら食べろ、食べられないならせめて途中で大量の水を飲めとだけ教えた。そ、そんな。だって茶色の、と言いかける小生を遮り、医師はこう言った。「飲まないときに胃の具合が悪いことはありますか」 ない、のである。毎日少しは飲んでいるが、飲み過ぎにならない限りメシはうまいし、痛くも痒くもない。そう伝えると、でしょ、だから問題ない、というわけなのである。しかし、である。下着まで新しいものをおろして出かけてきたお父っつぁんひとり、こうなると引っ込みがつかない。そこで、「先生、実は左手の指が少し痺れるような感じでして、肩凝りがひどいのが原因かもしれませんが」と食い下がる。すると医師は「肩凝りでしょう」と間髪入れずに言い放った。「肩凝りで血行障害になることもあるし、サロンパスエースとか貼ってみて下さい」だと。小生はカチンと来た。「脳卒中の前触れとか、そんなんじゃないでしょうね」 いちばん気になっていることを口にした。すると医師、困り果てたように「じゃ血圧測りましょ」と言う。これだこれが恐かった。血圧を測られたらまずい。血統的に見て、血圧はまずい。小生は目をつぶって計測を待った。「やややや、これはいかん、脳の写真も撮りましょう」なんて言葉を待ちうけていると「心配ないですね。それほど高くない。まあ、よく運動してくださいよ」だと。小生はうな垂れて診察室を出た。するとそこに女房が待っていた。手に大きな紙袋を下げている。また血が出たとだけ言い残して病院へ向かったので、最悪の場合に備えて彼女は着替えを持ってきていたのだ。顔を見ることができない。小生は急ぎ足で、女房を置き去りにするように会計窓口へと向かった。「どうだった。検査するの」と女房。「いや、今日はいいみたいだ」と小生。名前が呼ばれ、金を払う。膨大な薬をもらうための処方箋を持ちかえるものとばかり思っていたであろう女房が、心配そうな面持ちで近づいてくる。会計伝票を渡す。領収欄には、230円とだけ印刷されていた。病院の玄関を出てすたすたと歩いていると、後ろから足音が近づいてきた。怒られるな。と思う間もなく、小生は後頭部をパチンと引っ叩かれていた。なんでもなかった。大学病院でそう言われれば、なんでもないと思うしかない。仕事場へ出てWクンに詫び、夕方からはホッピーマラソン再開、西国分寺へ飛んだ。東小金井にひきつづき、にっしぃが見つけてくれた店へ向かう。女性ライターのIさんやカメラのSさんも合流して賑やかに盛りあがった。ただし、今夜ばかりは飲めなかった。ホッピーの外だけを飲んだのは、これが初めてのことである。

5月1日(木) 止めどなきハイボールの応酬         文責:ナベ
 午後3時半から次号執筆予定の女性ライターYさんと打ち合わせ。編集長O氏とともに訪れたのは銀座のとあるバー。席に着くと同時に3人で乾杯した。飲みながらの打ち合わせだ。まだ外は明るいというのに。僕はビール2杯の後ハイボール、Yさんはハナからハイボール。二日酔いでグッタリしているO氏、最初はどこかの国の養命酒みたいなモノを飲んでいたが、一杯飲んでからがぜん勢いづきハイボールを注文。「マスター、元気になってきたよ」と声をかけるO氏に、「ハイボールは薬ですから」と微笑むマスター。「うまいこと言うねえ」などと一同ワケもなくうなずき、またハイボールをもらう。途中からカメラマンS氏も参加し、これまたハイボール。ここからみなハイボールのわんこそば状態に突入した。で、会計をしたのが10時過ぎ。つまり6時間半いたことになる。マスターいわく、全員でハイボール28杯飲んだとのこと。おいおい、もし薬だったとしてもこんなに飲んだら逆効果だよ、ホント。どうりで酔っぱらうワケだ。なのに、4人でもう一軒。もう飲めるワケないというのに。案の定ほとんど飲めずに店を出たとき、銀座の夜はもうすっかり更けていた。当たり前だ。



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