■「酒とつまみと営業の日々」第61話〜第65話 ■

第61話 酒がどんどん進む夜

 2007年の9月以降は、記念すべき創刊10号の発行へ向けた準備期間となった。もちろん、9号と『酔客万来』、それから、『酔客万来』の発行にあわせて「またちょっと置いてみてはもらえませんか」と依頼した拙著『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』の営業活動も継続していた。
 営業の中心はWクンとN美さん。酒がらみの雑誌記事の取材執筆に追われまくる私は、午前中に自宅でちょっと原稿、午後から酒場取材、夕方以降は翌日からの取材先の酒場への挨拶や下見を繰り返して、ほぼ毎日直行直帰。仕事場にいる時間は、1週間に5時間。なんて状態に陥っていた。
 そして、このような状態が2ヵ月も続き、11月になってようやく、第10号の原稿もほぼ揃ってきたのだった。創刊10号を記念する企画は、みんなで10合の酒を飲みながら来し方を振り返るなど、記念号にふさわしいというかなんというか、いつもの通りの緩いものが多かった。入稿は11月19日(月)の深夜。Wクンと私、カメラのSさんの3人で、市谷大日本印刷までタクシーで向かい、守衛室に原稿を預け、その足で市谷田町にある『三晴』へ行った。
 ここは、創刊号巻頭に掲載した『ホッピーマラソン』連載第1回の取材先だ。ホッピーを頼み、名物のアシタバの天ぷらなどにかじりつきながら飲んでいる
と、感無量といった心持になってくる。
 ちょうど5年前。500部印刷した創刊号を持て余した私は、印刷所からの納品当日、やはり市谷にある『地方・小出版流通センター』の社長を訪ね、200部流通しようというお話をいただいたのだった。その日立ち寄ったこの店の大将は、創刊祝いだといって勘定を受け取らなかった。そんなことが懐かしく思いだされる。あの幸運がなかったら、『酒とつまみ』はこんなに人に知っていただけるミニコミ雑誌にはならなかったな。そんな思いが膨らんでくる。
 振り返ると、10号までの『酒とつまみ』は、幸運に恵まれ続けた。
 中島らも、井崎脩五郎、蝶野正洋、みうらじゅん、高田渡、重松清、なぎら健壱、井筒和幸、松尾貴史、玉袋筋太郎という方々をロングインタビューのゲストに迎えることができたことも大きかった。私らのような無名の単なる酒好き、ある意味では不気味なミニコミ制作集団と飲んでくださり、愉快な話をたくさんいただいた。
 自らの経験をもとにした経験談や、酒にまつわるおもしろ話を連載の形で提供してくださった方々にも、あらためて感謝したいと思ったし、そうそう、大日本印刷を忘れちゃならない、と思った。薄っぺらなミニコミ500部の印刷を、どうして受けてくれたのか……。今となっては不思議な気もするのだった。直接取引の書店さんや酒場とのお付き合いにおいても、売れないからすぐに引き取れというような話はほぼ皆無だった。それくらい、やさしく付き合ってくれる人たちに恵まれて、『酒とつまみ』は少しずつ知られるようになり、雑誌、ラジオ、そしてとうとうテレビにも登場、一気に知名度を増して、山のようだったバックナンバーの在庫が消滅するということにもなったのだ。
 幸運に次ぐ幸運。とうとう、10号まで来たねえ……。
 酒がどんどん進んでいく夜になった。

(「書評のメルマガ」2008.6.16発行 vol.364 [幻のマスコミ 号]掲載)

第62話 テレビ収録に10号間に合わず

 ようやくのことで入稿した『酒とつまみ』10号は、2007年11月28日、校了した。この日も、Wクン、Sさんと3人で乾杯。浅草橋・秋葉原間のガード下にあるロック立ち飲み『ショットおかめ』にて、ニラとモツの炒め物や魚肉ソーセージなどを肴にホッピーで激しく乾杯したのだった。
 納品予定は、12月7日(金)。部数はついに1万部を数えた。500部でスタートしたミニコミが10号めで1万部を印刷するまでになったことは、繰り返しになるが幸運としかいいようがないのだが、やはりこれはたいへん嬉しいことで、納品の日が待ち遠しかった。
 しかし、実にうまくない事態も発生していた。12月3日に、フジテレビの『東京マスメディア会議』という番組の収録に呼ばれていたのだが、本の発行が正式には7日になるため、この収録時点では最新号の内容を開陳することができないのである。この番組には7月にも出させていただいていて、今回が2度目の出演ということになるのだが、前回出演の後、最新号が出ていないという状態であるから、正直言って、あまり話すことがないのだった。
 事前に打ち合わせに来られたディレクターさんにもその旨を伝え、何かおもろいネタはないかという問いに、それならば『酔客万来』とか『ホッピーマラソン』の話をさせてくださいと言うのだが、反応ははかばかしくなく、実際の収録日にも、どうにも居場所がない感じで、私はただ、ビールを飲んでいるのだった。
 そもそもテレビでなにかうまいことを話せるわけもなく、極端なあがり症でもある私だから、控え室からビールを飲んで、収録中も飲んでようやくリラックスし、話を振られても、あまり喋らない、いや喋れないという状態で良しと考えていたし、実際にそうなった。
 が、翌年の年明けの放送を見れば、ランジェリー雑誌の紹介をしているところで、モデルさんに簡易囲いの中でブラを装着してもらうというネタがあって、どんなんなってんのとスタジオは盛り上がるのだが、そのとき、陰気な顔して頬を掻いている私の顔がスッと映されていて、そのスケベなオヤジ顔が妙に印象に残るのだった。
 それでも10号が出ましたというお知らせにはなったのだと自分に言い聞かせつつテレビ局を出て、夜もふけたお台場を歩いていると、無性に飲みたくなってきた。新橋へ向かう「ゆりかもめ」の車中で頭の中にあったのは、「飲みたい」「飲みたい」というちょっとヤバイ思いだけなのであった。

(「書評のメルマガ」2008.7.9発行 vol.368 [お腹は正直 号]掲載)

第63話 ライブとイベントで直販順調

 2007年12月7日。『酒とつまみ』10号が、編集部に届いた。といっても、例によってみんなで手分けをして運び上げるのだ。部数は1万部。増えることはありがたいが、持ち運びの苦労はそれだけ増していく。痛し痒しというところだろうか。
 この日も夕刻から、銀座の店を回り、いつもの通り、最新号をお届けにあがったが、今回ばかりは、ああ、間に合ったなあという感慨が強かった。
 というのも、翌8日、9日に、連載陣の松崎さん、すわさん、石倉さんが出演する『はだかの王様』の公演があるからだった。松崎さんから連載エッセイの原稿をいただいたのは遥かに以前のこと。今回のお話の舞台は灼熱のビアホール。つまり、原稿をいただいてからでさえ、それだけの月日が経っていたのである。これで、ライブ公演に間に合わないようなことがあれば洒落にならない。だからこそ、公演前日に10号が納品となったことが、非常な幸運に思われたのだった。
 できたばかりの最新号です。公演会場で販売をさせていただきながら、私はいけしゃあしゃあと言ってのけた。すみません。しかし、久しぶりの1冊ということもあり、また、松崎さんたちのライブの会場でこの雑誌を買うことを楽しみにしてくださっているお客様もいらっしゃることから、売れに売れた。この2日間の直販部数は100冊を超えた。
 そして、週が明けて、12日の夜には、お世話になっている「古書ほうろう」さんにて、トークライブに呼んでいただいた。司会はやはり連載陣の一人、南陀楼綾繁さん、トークの相手は、あの『モツ煮狂い』のクドウさんである。
 たくさんの方々にお運びいただき、お客さんにも、出演者にも酒が出たから、どんな会になるのだろうと思っていたが、巧みな司会とクドウさんの誠実な性格に助けられ、私はただ緩々と酒を飲み、会が進んでいくにつれて、けっこうしっかりと酔っ払っていくのだった。
 それにしてもクドウさんの情熱はすごい。日本中のモツについて調べつくしたならば、いずれは目を世界に向けたいという。これには笑った。世界のモツを調べようと考えている人は、クドウさんのほかに、あんまりいねえんじゃねえかなあ、なんてことを思いながら、また、酒を飲んだ。
 会の後には、古書ほうろうのみなさんも、遅くまで付き合ってくださって、さらに酒を飲んだ。
 そして、この晩もまた、最新号を販売していただいた。その数、45冊。まったくもって、ありがたい一夜となった。

(「書評のメルマガ」2008.8.12発行 vol.372 [物書きの流刑地 号]掲載)

第64話 著者自ら返品引取りの悲哀

 2007年12月は驚異的な忙しさだった。なに、飲まなければ忙しくなかろう。と言われればそれまでのことですが、『酒とつまみ』11号発行後イベントの直売後には、少しばかり飲み会も続いた。
 最初は、創刊号からお世話になっている大日本印刷の担当者さまとの忘年会。創刊10号の記念なので、創刊メンバー全員が揃っての飲み会で、ぜひにと参加をお願いした。新宿3丁目のうまい居酒屋でごくごくと飲み、創刊号以来のあれこれを話し、飲み会終了後にもまだ足りず、一人でバーへ行って酔いつぶれた。嬉しい酒なのだが、なぜか酔いつぶれた。
 その翌日も相当に深い飲み会。翌々日も西日暮里で2軒ガツンと飲んで、翌々々日は日曜日だったが、その日のメモの冒頭はひと言、「限界」と書いてある。
 その日、昼過ぎからなんとか立ち直って仕事場へ車で出向き、11号や単行本をかなりの分量積み込んだ。東京郊外の書店への直取引分くらいはなんとか自分で営業しようと考えたからだ(というのも最近ではWクンとN美さんになにもかもまかせっきりで名ばかり編集人に加えて名ばかり発行人、名ばかり営業マンに成り果てていたから)。
 まず国立へ向かって納品し、立川の混雑を敬遠して三鷹へ。ここで納品した駅前の書店で、
「いつもご苦労さま」
 と、声をかけられた。これが、妙に嬉しかった。創刊して6年。以前は頻繁に書店に足を運び、こうした言葉のやり取りも多かったのだが、このところ、ご無沙汰をしていた。できる限り早く納品して、体を休めたい。それが本音だったのだと思う。そこに優しいひと言をかけられて、創刊からしばらくの間の、直営業の喜びを呼び覚まされた。
 しかし、営業回りは楽しいばかりではない。数日後の阿佐ヶ谷でのこと。新規納品分と引き換えに売れ残りを引き上げてくるわけだが、そこには10号に加えて単行本2冊がある。店長さんは言った。
「『酔客万来』はいいねえ。これはいける。まだ預かっておいてもいいです。でもね、『ホッピー』動かないねえ。持って帰って」
 ああ、「ホッピー」とは私の唯一の単行本『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』のことである。
「動かないっすか」
 と食い下がる私に店長はかぶせる。
「なあんでかなあ。昨日ホッピー飲んでみたんだけど、わかんないんだよね」
 飲んでみたってわかんないでしょ。
 でも、突っ込む気力もない。なにしろ私は著者である。著者自らが返品を受け取るのである。切ない。これこそ悲哀だ。
 私は、「ホッピー」の入った紙袋を提げ、中央線に乗るのだ。
 駅頭で独語する。なんで売れないんだろう。
 私はその理由を、ホッピーをがぶ飲みしながら考えることにして、仕事場へは向かわず、下り電車に乗り込むのだった。

(「書評のメルマガ」2008.9.12発行 vol.376 [夏の終わりに 号]掲載)

第65話 新春・ズタボロの祝い酒

 著者自らが返品引取りの悲哀を経験した2007年12月もなんとか暮れ、『酒とつまみ』10号の配本も、ようやく落ち着いた。
 そして迎えた新春は、正月2日からラジオに出させてもらうという幸運に恵まれた。コラムニストの勝谷誠彦さんが「コラムの花道」を担当する日だったが、勝谷さんの勧めで、その前の時間帯に出演させてもらったのである。
 多少の慣れもあり、また、正月ということもあって、スタジオにカップ焼酎など持ち込んで少しばかりアルコールが入っていたため、喋ること自体は無事だった(と思う)。
 無事ではなかったのは、その後のことだ。出番を終えた勝谷さんとふたり赤坂の街へ繰り出し、正月だというのに営業している店を見つけて飲み始めたのは午後3時前くらいか。
 勝谷さんとは初めての酒だから、緊張して、ペースを同じに保とうと思ったのが間違いだった。なにしろ、早いのである。
 夕方には酩酊。番組の司会者である小西さんやスタッフの方々が合流してくださったときには、完全に酩酊しており、実は乾杯したことさえうろ覚えという有様。プロデューサーのお財布を自分のカバンに入れてしまったり、帰路どこかで転び、顔面に負傷をしたりで、とんでもないことになった。その詳細は繰り返さないが、後から判明したことだけ、このタイミングで触れておきたい。
 酩酊状態でみなさんを迎えたときのこと。当時のディレクターさんが、仕事を終えて最後に合流してくれたのだが、私は彼に、こう言ったというのだ。
「てめえ、オレの話がつまらねえってのか!」
 まったく記憶がない。少し慣れたとはいえ、ラジオの生本番という緊張状態は、あがり症の私にはそもそも荷が重い。加えて何かおもしろいことを喋らなくては出てきた意味がないという気持ちも強い。酔った挙句にそれが爆発したものと思われる。
 なぜディレクターさん相手にそれが出るかというと、番組の間中、ガラスで仕切られたスタッフのスペースから、冷静に番組の進行を見ている人だからだ。
 私はバカだから、彼が大笑いすることを、どこかで望んでいて、そうでもないのかな、うまくいってないのかな、ということを、精一杯の緊張の中で思っていたのだ。
 それが、酒で、爆発してしまった。なんという無礼。ラジオ出演は先方の好意によるもの。私にとっては『酒とつまみ』を宣伝できる逃してはいけない貴重なチャンスだ。それを、なんという無礼な結末にしてしまったことか。お詫びのしようもない酒になってしまった。
 それから、もうひとつ。どうやって帰ったのか不明な私は、後日、領収書を頼りにタクシー会社に連絡をした。すると、真相がわかった。一度乗った車を降りて、車の前をふらふら歩くうちに転び、起きないので運転手さんが助けてくれたということなのだ。その模様は昨今流行の事故モニターにちゃんと映っているという。これも営業と思って出かけたのだが、我ながらひどい酒になった。
 関係者の方々にお詫びしたい気持ちでいっぱいのまま、翌3日、フジテレビの『東京マスメディア会議』に出でいる自分を見てまたゲンナリ。アホづらしてへらへらしている。
 憂さを晴らそうと酒のコップを口元へ運ぶのだが、昨夜負傷した唇が腫れて、痛い、痛い。俺はいったい、何をしているのだろう。

(「書評のメルマガ」2008.10.10発行 vol.380 [おかしな時代 号]掲載)



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